人間一人に出来ることは限られている。
私たちに出来ることが手の中からこぼれ落ちないように、出来る範囲から始めていこうと思っています。
保護施設で働いていた時の経験から今にたどり着きました。
私の「やりたい事」が何なのか。。。読んでいただいて伝わると嬉しいです。
以前働いていた保護施設には飼い主さんから一緒に暮らしている犬や猫を「引き取って欲しい」という相談が毎日入ってきていた。
働き始めた頃はなんとか思い止まれないか、必死に飼い続けてもらえるように説得しようとしていた。
その結果、
「お前はワシに説教する気か!」と怒鳴られたり、
今すぐにでも引き取って欲しいと思っている人からは
「引き取られへんのか!引き取られへんねやったら保健所に連れて行くからな!いいな!」
と半分脅されたり。。。
保護施設のキャパを超える相談に嘆く毎日。。。
きっと飼い始めた頃は愛おしくて可愛くて、、、大事にしていたはずなのに。。。
何とかならないのか。。。と考え最初の頃は必死に説得していたが、途中から私は飼い主の「言い訳」の向こうに居る動物たちの事だけを考えるようになってしまっていた。
エピソード 1
「マスク親子さん」
とある暑い夏の日。
マスクを着けたお母さんとマスクを着けた小学生位の男の子が来所。
2人の手には猫の入ったキャリーケースが3つ。
今では見慣れた光景だが、その当時は真夏の暑い時期にマスクをしている親子の姿は異様だった。
「ひどい猫アレルギーが出てもう飼えない。」
引き取って欲しいという終生預りの依頼だった。
私は何とか飼い続けられないか、飼い主としてやれることはやって欲しいと提案してみた。
(猫アレルギーは掃除の仕方や猫への接し方でずいぶん楽になる。現に私は猫アレルギーで喘息持ちだ。)
私:「一旦、お部屋を隅々まで綺麗に掃除をして、、、」
マスクお母さん:「すみません!」
突然親子で席を立ち、窓をバーンと開けると2人で窓の外に顔を出し、マスクを外してハァハァと息をし、席に戻ってきた。
親子にまた話を続ける。
私:「部屋を綺麗にしたら、猫さんの生活スペースを分けて。。。」
マスクお母さん:「ちょっと待ってください!」
また席を立って窓の外に顔を出し、マスクを外して呼吸をする親子。
どうやら私との会話中は二人とも息を止めているらしい。
マスクお母さん:「ここには動物がいっぱいいるから息ができなくて。。。」
息を止めての会話は続くはずもなく、何度も席を立っては窓の外での呼吸を繰り返した。
結論はお金も無いし、部屋数も少ないから生活スペースは分けられない。忙しくて掃除をする時間もない。
「この猫たちがいるから家でも呼吸ができない」とのこと。
一度、私がお家に行ってお掃除しましょうか?と言いたかったが、ボロボロのキャリー越しに私を見ている毛玉だらけの猫さんと目が合った。
お家に帰っても辛いね。。。
施設はキャパオーバーだったけど受け入れた。
話という話をほぼ出来ないまま、マスク親子は帰った。
駐車場まで歩いている親子はマスクを外して笑いながら何かを喋っていた。
そんな笑顔の親子を見てとてもやりきれない思いがした。
エピソード 2
紳士なおじさま
とても紳士的なおじさまと娘さんとお孫さんで保護施設に来所。
1匹のW.コーギーと一緒だった。
おじさま:「この子は病気なんです」
連れているワンコを指してそう言った。
おじさま:「私は昔から犬には嫌われた事がなくてね。今まで何匹も飼ってきたんですよ。」
おじさま:「それはそれはみんな私に懐いて従順でね。」
おじさま:「でも、この子は違う。私を咬んだんですよ。」
私:「どんな時に咬まれたんでしょうか?」
おじさま:「ご飯をあげた後、食器を片付けようとしたら咬んできて、叱ったらもっとひどくなりました。」
私:「トレーニングや接し方を変えると改善されるかもしれません。」
おじさま:「いや。この子は精神的な病気なんですよ。私はしつけに自信があるんです。」
おじさま:「今まで飼ってきた子たちもきちんとしつけしてきました。この子は病気だから無理なんですよ。」
昔の私ならもっと何とか説得しようと試みたと思う。
でも、完全に愛情を失っている飼い主さんの元に居てこの子は幸せなんだろうか。。。
私を見て嬉しそうにニコニコしているコーギーさんを見て思った。
お家に帰っても辛いね。。。
私:「こちらで引き取ります。」
おじさま:「あーー!良かったーー!このままだったら保健所に連れて行くところだったから。」
おじさま:「良かったねー、お前。命拾いしたねー。これで孫を危険な目に合わせずに済むよ。」
おじさまはとても嬉しそうだった。
一緒に居た小さなお孫さんはこの光景をどう受け止めたのだろう。。。
おじさま:「ありがとうございました!」
自分の飼い犬との別れに大喜びするおじさまの姿から私は目をそらした。
愛を失った飼い主から感謝される。
自分の家族を「捨てる」という事に私は賛同して手伝っている訳ではない。
人に感謝されても嬉しくない。そんな事あるんだ。私は何をしているんだろう。。。
ただただ、目の前にいる動物たちだけを見て「これで良かったんだ」と言い聞かせるしかなかった。
エピソード 3
住所の無い手紙
施設に1通の手紙が届いた。
差出人の名前は書いてあったが、住所はなかった。
その手紙は「3匹の犬を引き取って欲しい」という男性からのものだった。
ある日、家の前に迷い犬が現れた。首輪をした柴犬の女の子。
「お家が分からなくなったのかい?」男性に犬を飼う余裕は無かったが、少しの間だけ。。。とその犬を男性は自分の家に入れた。
もしかしたらお家の方へ帰るかもしれないとたくさんお散歩をしたが、帰ってくるのはいつもその男性のお家だった。
数日が経ち、その犬は3匹の仔犬を出産した。
「妊娠して捨てられたんだ」男性はそう思った。
男性が暮らしていたお家は海沿いにある工場地帯の一角。だだっ広い更地の横にあった。周りに民家などない。
「きっと人目につかないところに捨てられたんだ。」
男性のお家には住所が無かった。
かつてはたくさんの従業員を抱える会社の社長だったという。けれど事業に失敗し、家も家族も失いその場所で野宿生活をしていた。
仔犬は母犬と男性の愛情を受けてみるみると元気に成長した。
先行きの不安を抱えながらも楽しく過ごしていた矢先、男性が倒れ救急車で運ばれた。
その後、病が見つかり野宿生活者を支援する団体の援助で男性は施設入所することが決まった。
母犬は譲受人が見つかったが、子供たちの行き場がない。そういう相談内容だった。
私は3匹の犬を迎えに住所のない男性のお家へ手紙に書いてあった目印を頼りに向かった。
そのお家にはとても人懐っこいお母さん犬と男性、男性にピッタリとくっつく3匹の犬がいた。
男性は涙を流し、「ごめんな。」と犬達を撫でながら何度も言っていた。
不安がる犬達を車に乗せ、車を走らせる。
私は車内で悲しそうに鳴く犬達の声を聞きながら、ずっとずっとバッグミラーに写る男性と母犬の姿から目が離せなかった。
仕方の無い事だけど、胸が張り裂けるような気持ちだった。
今から10年程前は野宿生活者と共に暮らす犬達の保護依頼がとても多かった。
その多くは支援団体の方からの依頼だった。
どのケースもこの男性と同じように辛いお別れだった。
ほとんどの方が共倒れしてでも犬を手放さない覚悟だった。
そしてそんな方達から保護した犬はどの子もとても穏やかで優しい心を持っていた。
貧しい中でもたっぷりの愛情を受けて育ったのがわかる。
真の相棒で大切な家族だったんだと思う。
野宿生活の方が動物を飼うという事を肯定するわけではないけれど、どうすれば良い子に育つのか動物と人間にとって大切なものが何かたくさん教えてもらった。
エピソード 4
あんぱんとおじいちゃん
奥様に先立たれたというおじいちゃん。
お家には「モモコ」という柴犬がいた。
モモコのお世話は主に奥様がしていた。
モモコは夫婦二人で大切に育ててきた大事な家族。特に奥様は溺愛していた。
奥様がいなくなってからはおじいちゃんがお世話をするようになったが、足腰が弱り始めていたおじいちゃんにはモモコの朝夕のお散歩はとても大変だった。
奥様が大好きだったモモコ。
何とかお世話を続けたいと思っていたが、おじいちゃんは杖なしで歩くことが難しくなったため、モモコは施設に来ることになり、私が迎えに行った。
モモコは15歳と聞いていたので、どんなおばあちゃんワンコなんだろうと想像しながら迎えに行った。
お家に着いておじいちゃんが連れて出てきたモモコは想像していたワンコと違った。。。
まん丸に太り、ブリンブリンのお尻。。。
そして私に会って飛び跳ねる。。。めちゃめちゃ元気な子だった。
これはおじいちゃんとのお散歩はキビシイな。。。
奥様と一緒に大事に育ててきたモモコを最後までお世話できない事を無念そうに話していたおじいちゃん。
「モモコの事、宜しくお願い致します。」おじいちゃんは深々と頭を下げた。
ひとりぼっちになってしまったおじいちゃんは寂しくなってしまい、月に一度のペースでモモコに会いに来た。
「モモコが好きでね~」といつもおじいちゃんはあんぱんを持参していた。
おじいちゃんとあんぱんに喜ぶモモコ。
とても嬉しそうにしているモモコを見て幸せなひと時なんだから好きなものを食べたらいい。そう思った。
でも本当にその時間は「ほんのひと時」。おじいちゃんが帰るとモモコはすごく大きな声で鳴いた。
私は終生預かりで動物を引き取った後、飼い主が面会に来るのは好きではなかった。
会いに来た後、飼い主が帰る時に何度も「捨てられる」思いをする動物たちを見ていられなかったから。
幸せの絶頂から奈落の底へ落される。。。そんな気持ちだった。
愛があるなら会いにくるのではなく、そもそも捨てなければいい。
ずっとそう思っていた。でも現実的に出来ない事もある。
それなら会いに来ない事も愛情だ。。。以前の私ならそう突っぱねたと思う。
だけど、おじいちゃんはモモコに会うことを楽しみに毎日を過ごしていた。
そんなおじいちゃんから楽しみを奪うことは出来なかった。
結局、モモコは誰かの家族になることもなく施設で寿命を全うした。
おじいちゃんに伝えると「ありがとう」と言われた。
もしおじいちゃんの傍に誰かモモコのお世話を手伝ってくれる人がいたら2人は最後まで一緒に暮らすことが出来たかもしれない。
エピソード 5
自分が怖い
「今飼っている犬を自分の手で殺してしまうかもしれない」という相談が入った。
その方の飼っている犬は寝たきりの老犬。
若かりし頃はお散歩が大好きだった柴犬の男の子。
歩くことが出来なくなった歯痒さからよく大きな声で鳴くようになったという。
ご本人は数年前にご主人と死別し、子供さん達は独立し遠方でそれぞれの家庭があり現在は一人暮らし。
仕事をしていて日中は留守にしている。
お留守番中は刺激がないため、ワンちゃんは日中よく眠り、夜に起きるようになっていた。
夜に起きても歩くことのできないワンちゃんは夜鳴きがひどく、ご近所から苦情が出ていた。
そしてご本人も夜に全く眠る事の出来ない生活が続いていた。
寝不足の為に仕事も上手くいかず、精神的にも不安定になりイライラすることにより周りとの人間関係にもひずみができ始めていた。
でも、若い頃のワンちゃんとの思い出を振り返りながらなんとか踏ん張っていた。
私もワンちゃんが夜によく眠れるように思い当たる方法をアドバイスした。
そして改善がみられると飼い主さんも安堵していたが、それも長くは続かなかった。
何をしても鳴き止んでくれない。
結局、また同じように夜鳴きに悩ませられる毎日。。。
「もう限界です。」
飼い主さんがワンちゃんを連れて来所した。
目の下にはクマが出来、髪は乱れて疲れ切った様子だった。
「これ以上一緒に居るとこの子の事を嫌いになってしまって、最悪は自分の手で殺してしまいそうだ。」
と涙ながらに話した。
私はもう「頑張って下さい。」とは言えなかった。
もし、ワンちゃんのお世話を交代できる誰かが傍に居れば最後までお世話が出来たかもしれない。
老犬の相談は寿命を全うするまでそう長くないあと少しの時間をなんとか飼い主さんに踏ん張ってもらうように説得する事が多かった。
でも、言葉を喋ることのできないワンちゃんの介護は助け合える家族がいなければ想像以上に辛いものだった。
十人十色、十犬十色、十猫十色。。。
それぞれにいろんなエピソードがある。
本当に数えきれない程の相談を受けてきた。
飼い主から直接の終生預りの相談は迷子や飼い主のいない犬猫の相談と違って、手ですくってもすくっても指の隙間からスルスルと落ちていく砂のような感覚だった。
そして最終的に私の手に残っている「砂」は愛を失って早く動物を捨てたがっていた飼い主。
スルスルと落ちていった「砂」は捨てられてしまった動物と愛のある飼い主。
すくって(救って)いるのだけれど、すくいきれていない。そんな気がしていた。
目の前にいる動物の「命」を助ける為だと言い聞かせてはいるものの、結果的には愛を失った飼い主が一番満足いく結果になってしまっているのではないか。捨てたい飼い主の便利な施設になっているのではないか。
動物の気持ちは?愛がある飼い主さんの事は?救えているのだろうか。
今まで取りこぼしてしまった部分をこれからは自分の手ですくい上げたいと思いました。
伴侶動物にとっての幸せは愛する家族と最後まで一緒にいる事だと私は考えます。
それをサポートする為の事業を私は始めたいのです。
一般社団法人はまじぃの家
代表 加賀爪啓子
※どのエピソードも個人を特定できないよう名前等若干変更しています。